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基礎物理生物学「新しい生物学 万有膜理論」

科学を研究する上で大切なことは「正しいか」「正しくないか」であり、自然から学ぶことが大切である。「科学的に証明できる」「科学的に証明できない」は言葉の遊びで、あまり意味がない。現状の科学の状況を見れば分かるように、誤った科学学説もそれなりの「科学的に証明」や「根拠」に基づき自然を理解しようとしている。

宇宙
宇宙は一定の秩序を備えた世界である。この世界に統一された秩序があり、調和がある。調和から美が生まれる。世界は全体で「1」としての秩序を所持し、且つ、階層構造からなる。あらゆる自然現象は「1+1=1」「1=1+1」の結果としてのありさまである。部分の集合と全体とは違う。全体を捉え、部分を考える。部分と全体とは同期している。
あるものはある。ないものはない。無は「何もない」「存在しない」の意である。従って「無は存在しない」というのはトートロジーである。無から有は生じないし、有から無もありえない。


自然法則があるのは、膜が存在し、この性質が不変故である。あらゆるもの(e.g.生命体、物質、愛)には階層性がある。あらゆる階層毎に膜がある。階層構造は性質に基づく。それぞれの階層は独立して在るが、独立していない。
膜と膜との関係には斥力、摩擦、反発、作用・反作用、慣性等々がある。膜の状態には磁場、電場、場、斥力、圧力、最大静止摩擦力、エネルギーの第一法則等々がある。膜の性質には集合、引力、離散、拡散、エネルギーの第二法則、膨張、熱等々がある。
自然現象から膜の存在を学び、現象の根底にある実体の作用、及び、膜の性質、膜の状態等々を学ぶことが大切である。

物(物質)
物は存在する。物とは自然現象(物理現象)を担っている実体である。多様な物質の根底には、これ以上分割できない究極の粒子が在り、この粒子の組み合わせの結果として、種々の性質を持った物質が存在している。万物は二種類のもっとも小さい物からなる。
あらゆる物は独立して在るが、独立していない。物に性質がある。物の性質はその内に在る物の状態を映している結果としてある。あらゆる物質の階層毎に膜があり、物の性質・属性は膜にある。この結果として万物は流転する。
物に秩序があるのは、物自体に形があり、不変の性質がある故である。物は勝手に動かない。秩序は膜の存在と膜の性質との関係の中で理解される。それぞれの状態における膜の性質は不変である。それ故秩序が生じる。従って秩序は二次的な現象である。
物には3つの方向性がある。球、集合、離散への方向性の3種類である。球への方向性から物は形を保持し、形を記憶し、弾性を有する。膜の基本形は球である。集合への方向性は1への方向性でもある。あらゆる物は1である。1は1の集合である。離散(拡散)への方向性からはもっとも小さい物への方向性が導かれる。単なる物質には志向性も合目的性もない。

生命体
生命体は物から誕生した。生命の謎は、生物・物理学的に大雑把ではあるが解けている。物と生命体は異なる。物と生命体には状態の差がある。この差は膜の階層・集合状態の差と認識できる。生命体には躍動感がある。
物には心がないが、生命体には心がある。状況を認識し、判断し、選択し、行動するのは生命体だけである。あらゆる生命現象は、生命体の認識の結果としてある。生命体は酸素を分子レベルで認識している。生命体は外なる自然を見る事は出来るが、内なる自然を見る事は出来ない。
生命体は約38億年間の長期間生き続けている。生命体は絶えたことがない。私は生きつづけている。超個体と呼ばれる階層は個の集合の結果として在る階層である。生命体には全体として一つの意志がある。一つの意志を担う統合体の存在を認識し、この統合体の状態を自然から学ぶことが大切である。
人間と呼ばれる個体レベルだけで死を考えるのではなく、生命体の階層状態を学び、それぞれの階層と全体を統合する階層との関係を自然から学ぶことが大切である。人間と呼ばれる生物は、独立した存在であるが、独立した存在ではない。個即類、類即個であり、人は生かされている。

中心小体
中心小体論は、現在における生物の共通性と多様性を中心小体と記憶との関係の中で捉え、原始の海において誕生した生命体から人間への進化過程を説明する論である。
中心小体は独立した生命体である。中心小体は細胞を統合している。中心小体は自己の状況を認識し、判断し、行動する。中心小体は細胞内を移動し、自らその移動位置を認識する。雌性前核と雄性前核とを一つにする作業を行う。生細胞外で自己複製を行う。動物に目があり、高等植物に目がないのも、中心小体との関係と考えられる。
中心小体は基本的にはあらゆる生物に存在する。ヘルペスウイルス、下等な単細胞生物も中心小体を所持している。しかし全ての生物において、中心小体が観察されているわけではない。高等植物等には中心小体が見られない。高等植物等はある進化段階まで中心小体が存在していた。
中心小体は目には見えない状態での存在形式を所持している。あるアメーバー細胞は一時期、中心小体が見られないが、ある状況において中心小体が現れるのがその証左である。細胞内には中心小体以外の、多くの蛋白粒状の生命体等が存在する。
中心小体は多量の情報量を所持し、記憶の安定性を誇る。ここから記憶に関わる物質の存在が導かれる。

進化
中心小体の祖先が階層的進化をなし、多様な生物を造った。あらゆる生命体は生への意志を所持し、この意志に基づき適応する。生命体が適応しているということは、生命体が状況を認識しているが故である。生命体は生への意志に基づき状態を変化させている。それぞれの階層の内なる状態は変化する。しかし生命体の本体である基盤となる階層の物は変化していない。
物には方向性があるが、生命体には志向性・合目的性がある。進化を全体的に捉えれば、志向性・合目的性の結果としてあるとの認識が得られる。この認識に基づき考えれば、一つ一つの要素の変異は大きな問題ではない。
環境が進化の方向性を決めているのではない。環境は単なる制約であり、制約を乗り越え進化をなしているのは生命体である。選択をなすのは生命体だけであり、選択と条件は分けて考える。酸素を嫌う生物がいて、又、酸素を利用する生物がいる。このことからも環境が進化に直接関わっていないと分かる。生物に眼ができたから物が見えるようになったのでなく、物を見る為に眼というものもできたのである。
遺伝子とは「形質を伝え、それを発現するもとになるもの」という意味であるが、現在の生命科学においては未だ「もとになるもの」は分かっていない。DNAは単なる物質である。単なる物であるDNA・蛋白等が自発的に変異することはない。意味を理解したり、状況を認識したりは出来ない。

記憶
生命体は意味の差を認識する。意志は記憶との関係にある。記憶に関わる物質が存在し、この表層の膜に存在が映されている。知性の本質的な機能は、同じものを同じものに結びつけるところにある。
鏡は存在を映し続ける。この現象から、鏡の表層にある膜には多量の情報が記録されていると認識できる。記録された状態と記憶(記銘)の状態とは関係がある。

時間
時間はない。過去や未来は存在せず、在るのは今だけである。存在の持続の状態を自然から学ぶことが大切である。空間や時間は物ではなく、秩序はない。物でないものには秩序はない。


原因のない事象はない。原因があり、結果がある。外力とはその物体以外の他の物による作用である。力があると認められる現象があるならば、そこに物が存在する。あらゆる生命現象は自然現象(物理現象)である。


愛も自然現象である。従って科学の対象になる。愛の本体は実在である。故に愛を感じる。愛は新たな膜に包まれ一体化する状態である。愛は外力である。
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