Click here to visit our sponsor Click here to visit our sponsor Click here to visit our sponsor

Home hayariki.net

天皇制 天皇制が理論的には近代憲法の原則である国民主権や法の下の平等と矛盾することは疑いない。天皇は「『世襲』の原理にもとづく『国家機関』である」が、「『民主制』の原理のもとでは、人間の意思の入る余地のない、かかる『血縁』の原理にもとづいて公的な地位につくような特権者は存在しえず、したがって、象徴天皇制は『民主制』と原理的に矛盾する」とする見解がある(浦田賢治編・憲法改訂版(法学書院1990)29(広沢民生))。「歴史、伝統あるいは、国民の感情から、たとえ、天皇および天皇制の存在を認めたにしても、原理上は、天皇制と民主制とは対立する二社であって調和は不可能である」(中野昌治「わが憲法下における国民主権序説」法学研究10-1(愛知学院大学1967)91)。

そして天皇制を廃止することは現憲法と矛盾しない。即ち「1条後段の『国民の総意』とは個々の国民の意思の総和を意味」し、「憲法の定める法形式によって判断される国民の多数意思に従うのであれば、天皇の地位を否定する憲法改正も可能となる」(大沢秀介・憲法II講義ノート改訂版(成文堂1995)36)。Charles Kades(GHQ民政局)は「天皇を除去せよとの要求を斥ける唯一の方法は、国民が何時でも欲するならば天皇を除去し得る道を開いておくことである」と指摘し、ポツダム宣言12項に基き「主権在民」の規定を新憲法に設けたと説明する(江藤淳編・占領史録上(1995)353)。

但し現実問題として天皇制が廃止される可能性があるかは別問題である。「国民主権の新たな展望が説かれるなかで原理的には全く相反する天皇制は、消極的ではあるがはば広く根深い国民の支持力を増大させ、保守的安定装置として、かけがえのない役割を果たしつつある」との分析がある(針生誠吉「国民主権と天皇制」ジュリ638(1977)96)。

他方、憲法学多数説は、天皇制が国民主権や法の下の平等の原則を本質的に損なうことなく存在しうると考えている。明治憲法でさえ「その運用よろしきを得たならば、この形の下に民主政治を成熟せしめることは、かならずしも不可能ではなかった」とする見解がある(尾高朝雄・法学概論新版(有斐閣1962)107)。

しかしこの立場に立つならば天皇が原理的には近代憲法理論と矛盾する以上、その矛盾を最小限に抑える努力をしなければならない。憲法に「天皇制規定がある限りは、私たちはこれが反民主主義的・反憲法的に運用されないよう監視する、歴とした責任がある(この方面で私たちのなすべき多くの課題のひとつに、最近では「君が代」問題などのほか、富山県立近代美術館「天皇コラージュ」裁判のごとき日常的なるものがある)」とする見解がある(奥平康弘「20世紀末の日本社会について思うこと」法律時報72-13(2000)3)。

そのため多数説は天皇の権限を限定的に解釈する。「象徴は専ら個人心理面の現象で、法律上の現象ではな」く、「これをなそうとすれば、内心の自由を侵害することになる」から、憲法の象徴規定からは「国民を法的に拘束するものは何ものも出てこない」とする見解がある(結城光太郎「元首の概念と天皇」法教2期1号(1973)103)。又、「『象徴』という法的効果を伴わない称呼はそれ自体ポジティブな内容を含むものではなく、第1章に定められた限りでの天皇の憲法上の地位を総括的に表現した言葉に過ぎない」とする見解もある(遠藤真一「象徴としての天皇の公的行為」法教2期3号(1973)87)。

一方で天皇の元首・君主化を図る動きもある。現代型君主は「行政権の保持も要件としない」ため、天皇もこの意味で君主とする(小林節・増訂版憲法(南窓社1994)71)。「天皇を君主と呼ぶことは、それによって天皇を旧憲法下の天皇制における立場に戻そうという動機や効果があるのではないかと心配するむきも多いであろう」が、「現行の民主憲法の下で45年も経ち、もはや、間違っても天皇が政治上の実権を行使することを容認するという考え方が国民の多数派になりようもない、と思われる今日、そのような呼称に関する不安は不要ではなかろうか」とする(小林節・憲法守って国滅ぶ(KKベストセラーズ1992)125)。

最後に天皇制廃止に向かう注目すべき見解を紹介する。「憲法上、民主主義を原則としながら、天皇をみとめたということが」、日本の法体系に混乱をもたらしており、「その混乱ぶり・あいまいさは、えてして、明治憲法的、天皇制的イデオロギーの温存に役立ちやすいが、その混乱の根元をあきらかにしようとしてどこまでも追求する努力をするならば、逆にこの憲法のもっている民主主義の不徹底さが分り、旧天皇制の遺制を一掃するための認識を深めるのに役立つ」(長谷川正安・日本の憲法(岩波書店1957)72)。

「国民各々が自己の生命・健康そのものが全人類によって信託された永久不可侵の基本的人権であることを自覚し、これを基礎とした真の民主主義的公的国民統合を目指すとき、世襲性・象徴性の故に天皇自身の人間性にも反する象徴天皇は解体されるであろう」(稲田陽一「天皇及び皇室法」ジュリ638(1977)451)。


天皇制を廃止した場合に天皇、皇族をどうするかという問題がある。革命によって君主制が廃止される場合は、王族は処刑されるのでなければ亡命したのでこのような問題を考える必要はなかった。フランス革命で処刑されたルイ16世は国王であることが罪であるとされた。しかし天皇・皇族といえども人であり、人権は保障されなければならないから、皇族だったということだけで処刑するのは許容しがたい。但しヒロヒトについては戦争責任(平和に対する罪、人道に対する罪)があると考える。

管見は天皇制を廃止した場合、天皇、皇族は一国民になると考える。天皇制批判の論拠には天皇制は法の下の平等に反するとの主張と、天皇・皇族自身の人権も侵害しているとの主張があり、天皇・皇族を国民とするならばこれらの主張を満足させることができる。因みに「満州国」皇帝だった溥儀は服役した後、中華人民共和国の一市民として人生を終えた。

従って天皇・皇族には一般国民と同等の人権が保障される。その代わり税金も課せられるし、犯罪を犯せば刑罰を科せられる。その結果、皇族が日本の侵略戦争を正当化する発言を行ったり、神道の布教活動に立ったり、右翼政党の候補者になったりする可能性もあり得るが、それらの行為が人権として保障されている限りにおいて許容すべきことになる。

民間人となった天皇が天皇という称号を自分で名乗って、代々その称号を世襲していくのも自由である。例えば茶道の家元はそうである。天皇制支持派には代々続いた家柄をなくすべきではないというような主張もあるが、国家機関にしなくても万世一系の皇統を伝えていくことは可能である。


天皇制を廃止する場合、皇室用財産の扱いが議論される。「すべて皇室財産は、国に属する」から(憲88)、皇室財産は天皇・皇族の私的財産ではなく、天皇が皇室財産を利用できるのは天皇という国家機関にあるからであり、国家機関でなくなればそれらの財産を利用する権限はなくなる。特に不動産については皇室用財産は国有財産に明確に位置付けられている(国有財産法3)。

皇室費用のうち内廷費は「内廷にあるその他の皇族の日常の費用その他内廷諸費に充てるもの」(皇室経済法4(1))、皇族費は「皇族としての品位保持の資に充てる」ものであり(皇室経済法6(1))、これらのために「支出されたものは、御手元金とし、宮内庁の経理に属する公金としない」(皇室経済法4(2)、6(8))。従ってこれらで既に支払った金銭は天皇・皇族の私的財産と捉えられる。

更に皇族費には「皇族であった者としての品位保持の資に充てるために、皇族が皇室典範の定めるところによりその身分を離れる際に一時金額により支出するもの」もある(皇室経済法6(1))。この額は年額の皇族費の10倍以内で皇室経済会議が定める金額だから(皇室経済法6(7))、かなり高額になる。これは天皇・皇族以外の者と結婚した皇族女子(皇室典範12)等を念頭に置かれたものだが、天皇制廃止により皇族身分を離脱する皇族にも適用できると考える。但し皇室典範5条によると天皇は皇族ではないため、この規定は適用されない。

宮中祭祀財産の扱いも問題になる。皇室経済法7条は「皇位とともに伝わるべき由緒ある物は、皇位とともに、皇嗣がこれを受ける」とする。管見は宮中祭祀財産は天皇の私産としてよいと考える。政教分離の下では国家がそれらを所有する意義は文化財保護的な面を除けばなく、それを国有財産にしてしまうことは民間人になった天皇家の信教の自由を損なうと考えるからである。


女帝 「いま流行気味の『女帝』論は、天皇制の『民主化』というそれ自体自己矛盾的な旗印をかかげて、結局のところ天皇制の将来におけるサバイバルに貢献することをねらいとしている」(奥平康弘「『女帝』論の周辺散策」法セミ561(2001)66)。

日の丸・君が代 「国旗・国家をめぐる問題は、究極的には、国家が国民一人ひとりを自律能力ある主体として尊重するか、それとも、支配による操作の客体としての地位に貶めるかという、全体主義との体制選択に関わる」(西原博史「『君が代』裁判と憲法」法セミ562(2001)38)。「『君が代』を歌えないという子どもたちを目の前にしたとき、子どもを預かる教師は、子どもの基本的人権を保護する義務を負う(竹森真紀「揺るがない心のままで」法セミ562(2001)45)。

「教職員が自己の信条や信仰を理由として単に起立斉唱しないという行為に対して、懲戒処分という重大な制裁をもって臨むことは、憲法上保障された当該教職員の思想良心の自由ないし内面的信仰の自由を侵害する」(「国歌斉唱強制に対する福岡県弁護士会の警告書」法セミ562(2001)47)。


議院内閣制と大統領制 議会に責任を負う議院内閣制の方が好ましいと考える。「大統領制の下では大統領も議員と同様に国民によって直接選挙されるという点で、その民主主義的正当性は議院内閣制の下における内閣に比べて、より強固なものになる」(大沢秀介・憲法II講義ノート改訂版(成文堂1995)136)。

しかしこのような民主的基礎が確実そうに見える点が問題である。それ故に大統領は議会を軽視し、議会のチェック機能は働かなくなるからである。地方自治体の首長をみても、発展途上国の独裁者大統領をみてもその思いを強くする。大統領が国民の直接選挙によって選ばれたと言っても、大統領はたった一人しか選ばれず、又、その選挙は国内最大の小選挙区選挙であり、当選候補以外の票は全て死に票となる選挙である。

これに対して議員は多数選ばれるため、多様な国民の意見を反映することができる。特に政府を公然と批判する野党が議会の一翼を担う点が重要である。このように批判勢力を内部に取り込むことは行政府にも司法府にも期待できないことである。これ故に議会は民主社会において最も高い地位を占めるべきなのである。

従って行政権が議会に徹底的に従属する政体が望ましい。これは三権が相互に均衡を保つ権力分立の思想に反するようにも思えるが、行政権は事実上強大な力を持っており(特に行政国家化の進展した現代ではそうである)、行政権を弱めても弱めすぎということはない。


元首 共和政体において国家元首は大統領であるのが普通である。大統領は大まかに分けて米・仏型と独・伊型がある。前者は大統領が行政権の実権を握るのに対して、後者は名目的・儀礼的存在である。議院内閣制を採る共和国では後者の大統領職が設けられる。これは外交に不可欠とされる尊厳性に欠けると考えられたためである。

独・伊型大統領は国民の直接選挙によらずに選出することが多い。例えばドイツ連邦大統領は連邦参議院により選出される(ドイツ憲法54)。日本でもこの種の大統領を定めるならば参議院に選出させるべきと考える。こうすれば参議院の独自性にも資するからである。

しかしわざわざ名目的な職務を行わせるために特別なポストを設けるのは行政改革の流れに逆行する。大統領職を設ければ大統領府も必要になる。大統領の職務は天皇の国事行為が該当することになろうが、そのような職務は首相か議長が行えばいいと考える。


「地方の首長のわずか数人の比較的短期間の行動のみに基づいて、首相公選論を正当化しようとするのはあまりにも『重み』に欠ける議論といわざるをえない」(岡田信弘「首相公選論を考える」ジュリ1205(2001)43)。

「民主制の原理にしたがい、国民意思の直接的な実現を企図するというのであれば、国政の担当者の選出に着目するのではなく、むしろ、イニシアチブやレファレンダムといった、国の政策それ自体に対する賛否を国民がみずから表明できる制度を導入すべきことに目を向けるべきであろう」(大石眞「首相公選論と統治構造改革」ジュリ1205(2001)39)。

この点で首相公選に積極的な立場が住民投票に対しては否定的であるのは興味深い。これは首相公選論は政治家に国民からのフリーハンドを与えることを企図しているからと思われる。


政教分離 「日本では、戦前の神道の事実上の国教化とそれに伴う他宗教の弾圧、信教の自由の侵害という歴史を踏まえるならば、その政教分離は国家と宗教との徹底的な分離を意味すると解するのが妥当である」(浦田賢治編・憲法改訂版(法学書院1990)100(戸波江二))。「わが国においては、明治憲法下における国家と神道の結びつきを断つという特別の意義をもち、憲法20条1項後段及び3項の規定を設け、さらに89条の規定を置いて、徹底的な政教分離の原則が具体的に定められている」(久保田きぬ子「信教の自由」ジュリ638(1977)287)。

国家神道 「国家神道は近代ではもちろん、発達した封建社会でも通用しない宗教だ。神社的地鎮祭習俗論や靖国神社国営論にはその復活の兆しがある。それはまさに『いつか来た道』である」(相沢久「国家と宗教の分離」法教2期5号(1974)115)。


行政法
「行政処分が行政処分として有効に成立したといえるためには、行政庁の内部において単なる意思決定の事実があるかあるいは右意思決定の内容を作成した記載した書面が作成・用意されているのみでは足りず、右意思決定が何らかの形式で外部に表示されることが必要であり、名宛人である相手方の受領を要する行政処分の場合は、さらに右処分が相手方に告知され又は相手方に到達することによってはじめてその相手方に対する効力を生ずる」(最判S57.7.15民集36-6-1146不作為違法確認請求事件)。

「特定の公務員の任免の如き行政庁の処分については、特別の規定のない限り、意思表示の一般法理に従い、その意思表示が相手方に到達した時と解するのが相当である。即ち、辞令書の交付その他公の通知によって、相手方が現実にこれを了知し、または相手方の了知し得べき状態におかれた時と解すべきである」(最判S29.8.24刑集8-8-1372傷害窃盗詐欺被告事件)。


行政組織 行政組織の場合、最近は新しい視点から行政評価も行われており、「予算余らせないように、とにかく使っちまおう」的な昔ながらの業務では事業が続かない。自治体は多角的事業を継続する大事業体と捉えれば、まず採算の取れない事業・業務は廃止することになる。赤字不採算事業で税金垂れ流しが圧倒的に多い。民間ならとっくに倒産。民間企業の営業のように毎月いくら受注・売上・入金したか達成率を出すのと同じで、自治体の事業も目標があるはずだから達成率は算出できるだろう。

その中で個人・チームの目標、業務達成率と負荷率を出すことは可能である。つまり、経営管理の手法を導入する。コストと成果の計算をする。今全ての事業に導入すれば、大型の不採算事業ばかり浮上してくるだろう。問題は自ら壁を作るようなことをするか、である。行政組織そのものには自浄努力は期待できず、このままではいつまで経っても日本の役所は「やっぱり役所だな」と言われ続けよう。


母体保護法(昭和23.7.13法律156号、改正平成8法律105号)14条 第1項「都道府県の区域を単位として設立された社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
第1号 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
第2号 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
第2項 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる」。配偶者には「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む」ことになっている。

書面のやり取りが義務付けられている商取引契約につき、インターネット上の契約も可能にする「書面一括法」が2000.11.18に成立し、翌年4.1に施行される予定(「ネット契約OK」読売新聞2000.11.18)。


会社の取締役が競業会社を設立して会社従業員を引き抜き、会社の取引先を奪ったことにつき、取締役の会社に対する忠実義務及び競業避止義務に違反するとして、損害賠償責任が認められた(前橋地判H7.3.14判時1532-135)。
民事訴訟法
民訴法114条1項は「確定判決は、判決主文に包含するものに限り、既判力を有する」と定める。主文では本案判決の場合は請求の内容をなす権利、法律関係の存否につき、訴訟判決では個々の訴訟要件の欠缺につき判断され、その判断内容につき既判力が作用する。棄却・却下判決では主文は請求棄却・訴え却下を表明するにとどまり、判決理由中の記載とあいまってはじめて既判力の客観的範囲を特定する。

主文には請求の当否についての判断が記載されるため、請求の範囲によって既判力の作用範囲が決定される(中野貞一郎・現代民事訴訟法入門新版(法律文化社1998)260(上田徹一郎))。従って訴訟物理論の対立が既判力の範囲に影響する。旧訴訟物理論によると給付の訴えでは所有権に基づく返還請求権、占有権に基づく返還請求権、不当利得返還請求権等の実体法上の請求権が訴訟物となる。

訴訟物の同一の場合だけでなく、先決関係(前訴の訴訟物が後訴の訴訟物の論理的前提をなしている場合)、矛盾関係(前訴の訴訟物と後訴の訴訟物の関係が一方を認めれば他方は認められないとの関係)の場合も既判力ある判断に拘束される(石川明・はじめて学ぶ新民事訴訟法(三嶺書房1997)256(三木浩一))。


養育費 離婚して子供を育てる母親に対して調停等で合意した養育費をきちんと支払う元夫は不当にも2割程度しかない。家裁からの履行勧告には強制力がない。強制執行は手続が難しい。元夫は離婚後も支払をするのが馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。しかし泣き寝入りは駄目である。「裁判で申し立てて、給与を差し押さえをする」とちらつかせたら大抵の人は支払う。自営業、フリーターには通じにくいが、会社にばれて恥ずかしい思いは普通の人はしたくない。 払わない相手が全面的に悪いのだから、ここはむしろ手続をエスカレートさせて相手の社会的地位を脅かす方針がいい。例えば職場と自宅に内容証明郵便で請求、支払能力無しと見なして突然、破産申立て。

内容証明は必須である。書面のプレッシャーに弱い人も、世の中にはいる。債権は時効にかかるものなので、数ヶ月おきに請求し、時効を止めつつ相手にプレッシャーをかける必要がある。内容証明には、民法に従い遅延利息を申し受けるという主張を盛り込んでおけばプレッシャーは強まる。今の相手が取れそうにない経済状態・社会的地位であるということは、債務を免れる理由にはならない。今後どうなるかわからないから時効にしてはならない。


「裁判管轄に国際ルール 民事訴訟で政府検討 ネット取引に対応」日本経済新聞2000.6.14 日本政府は、複数の国にまたがる国際民事訴訟をどの国の裁判所が取り扱うかを定める「国際裁判管轄」のルール作りに向けて米欧諸国に条約締結への働き掛けを強めるとともに、国内法整備の具体的な検討に着手した。国際裁判管轄は各国共通の統一ルールがないうえに、日本では民事訴訟法に規定がなく、今後、インターネットを使った電子商取引の拡大に伴って外国の取引相手との紛争の急増が予想されることから「国際民事訴訟の管轄ルールを早急に整える必要がある」と判断した。
民事執行法 「質権が設定されている金銭債権であっても、債権として現に存在していることはいうまでもなく、また、弁済に充てられる金額を確定することもできるのであるから、右債権は、(民事執行)法159条にいう券面額を有するものというべきである」(最決H12.4.7民集54-4-1355)。

弁護士 かつては代言人と呼ばれた。明治初期はひどく、いわゆる三百代言が横行した。語源は諸説あるが、三百文も払えばどんな主張でもするという意味だったとされる。戦前まで弁護士は検事局の管轄下に置かれ、裁判所、検事局(現在と違い裁判所の一部局)に対して圧倒的に劣位な存在だった。弁護士会の役員を選任するにしても検事局に届け出ねばならず、戦前戦中は役に立たない理屈を捏ね回す者、正業についていない者とも言われた。それが戦後になって裁判所・検察官・弁護士が法曹三者として建前上,対等になった。

司法委員 市民から選任され、簡裁の民事訴訟に裁判官と一緒に立ち会って意見を述べる「司法委員」が加わる訴訟が1989年以降の10年間で5倍以上に増え、98年の通常訴訟の20%を超えたことが28日、司法制度改革審議会の資料で分かった。司法委員は審理に市民の良識を反映しより社会常識に叶う裁判を実現するための制度。現在は簡裁の民事訴訟だけだが、裁判官の裁量で決まる同委員の関与件数が増え、市民の訴訟参加が評価されてきたことは、司法改革の焦点1つ「参審制」の論議に拍車をかけそうだ(「「司法委員」の参加 通常訴訟の2割越す」日経新聞2000.5.29)。ただ男性側が浮気して離婚したいと言っている妻に「もうちょっと我慢したら…」と説教する調停員の話も聞く。


破産 地方裁判所に破産の申し立てをする。通常これと同時に免責の申し立てもする。それで裁判所が免責まで認めてくれれば復権手続きを取って終わり。 もし破産の決定が遅れれば、決定するまで郵便物や電報は管財人が最初に見ることができる。但し自然人の破産申立事件では、よほど債務が多いか、あやしい部分が無い限り、管財人がつくことはない。

破産者とは破産宣告を受けてから破産廃止決定が出るまでの呼称である。破産者には色々な制限がある。特定の職業・役職に就けない(e.g.会計士、税理士、取締役)、官報に載る、役場の破産者名簿に載る、身分証明書に破産者だと記載、裁判所の許可なく勝手に転居できない。しかし選挙権がなくなったり戸籍に載ることはない。破産決定してから10年後に復権の手続きがとれる。

民間の信用情報に傷がつくが、信用情報の保存期間はせいぜい5年から7年。社会的信用という話なら、破産しても免責されれば、何も制限はない。つまり、破産しても数年間は新たに借金はできないということだけで、それは借金踏み倒すのだから当然である。最近は免責についてはかなり厳しくなっている。全額は無理でも1割、2割の支払命令は出ることもある。免責を受けられなければ債務をなくならない。


倒産 破産申請も更正申請も債権届は裁判所に出す。先取特権行使は申請後は難しいだろう。どこに何があるか外部からの特定は困難である。倒産した会社が民事再生法や会社更生法のようにまだ活動を続けるなら、どこか大手の会社がスポンサーになって小口の債権を買い取ってくれることがある。買い取る方の考えは小口債権を集めて倒産した会社の建て直しや清算の時に買い取った時の金額より多く回収できればいいと考えてのことである。

与信管理 倒産する以前に売掛回収に懸念ある先の回収リスクを常に見積もる、与信管理を整然と行う、情報収集するという日次業務をきっちり行うことの方が重要。所謂金融機関以外の一般債権者は本当に与信管理が杜撰。債権者集会で配布される債権一覧を見ると、「よくもまあこんな先にここまで与信積み上げたな」というケースが多い。倒産した場合、配当はほとんど見込めないと考えた方が良い。ということは相手の倒産を見込んでリスクをいかにヘッジするかが会社にとって大切になる。金融機関のようにある程度債権保全すらできないのならばなおのことである。


民事再生法 2000.4に施行になった企業等の再建型の倒産処理に関する新法。中小企業の代表的な倒産法であった和議法に代わる法律として制定され、その施行に伴い和議法は廃止された。従来の和議法では、債務超過に陥るなど破綻が確定しなければ、法的な再建手続きの申し立てが出来なかった。また和議法には再建計画の見直しや、強制執行命令などもなく、企業の再建を促す効果が本当にあるのか疑問の声もあがっていた。

再生法は株式会社だけでなく、社団法人、財団法人、学校法人、協同組合も利用できる。医療法人、医師個人でも構わない。再生法では事業継続に著しい支障を来す場合、破綻前でも適用申請できることとし、債権者だけでなく債務者からも申し立てができることになった。即ち経営が苦しくなった経営者等が企業の再生を目指して早めに裁判所に倒産処理を申請できる点が特徴である。これにより、事業に一度失敗した起業家でも再起が図りやすくなり、起業リスクが弱まるだろう。米シリコンバレーにみられるように、起業家が失敗と成功を繰り返しながら経済成長を支える法的なインフラとして期待されている。又、本業が順調であるにもかかわらず、バブル期に抱えた土地などの不良債権が原因で窮地に陥った企業の再生にも利用されるだろう。

具体的には倒産の申し立てが、経営が極端に苦しくなる前でも可能になった。これまでの倒産法では支払い不能や債務超過などの状態でないと申し立てができなかったのですが、再生法では「破産の恐れがある場合」や「債務の弁済が、事業継続に著しい支障を出さずには不可能な時」でも申し立てできる。再生法を申請しても従来の経営者は原則、社長等として経営を継続できる。これも早期申請を促す制度である。廃止された和議法にもこの制度はあったが、和議法は再建への具体的計画の実施に関し裁判所の監督権限が弱く、債権者の不満が強かった。このため再生法では経営者が居残るものの、裁判所がその再生を見守ることになっており、債権者もある程度安心して、一部債権の「棒引き」などをのむことができる。

ただ、大手銀行は民事再生法施行に警戒感を示した。これまで銀行は、融資先(借り手)の資金繰りや、いつ和議を申請するかを把握し、事業を断念させるかどうかまで事実上決めていた。民事再生法の施行後はこうした「コントロール」はむずかしくなる。銀行にとっては予期せぬ倒産が増えることになり、債権放棄を迫られるほか、再建計画の遂行にも半強制的に協力せざるを得ない可能性も出てくる。このように、借りて有利の内容にモラルハザードを危惧する声も聞かれるが、同法は、経営に当たる債務者に、債権者への公平誠実義務を課し、必要があれば裁判所の監督の下、経営者を外し、管財人を選任するなどの措置ができるようにしている。

経営破綻した「そごう」の現経営陣が水島広雄前会長ら旧経営陣19人について違法配当や架空取引等で会社に巨額の損失を与えたとして、民事再生法に基づき総額112億円の損害賠償を求めた手続で、東京地裁は水島前会長らの責任を認め、総額60億2千万円の査定賠償を決定した(2000.12.8)。従業員からは「最高責任者としての責任はきちんととるべき」との声があがった(「"水島乱脈"で破綻断定」読売新聞夕刊2000.12.8)。


法制審議会倒産法部会において「個人債務者の民事再生手続に関する要綱案」が決定された(2000.7.28)。そこでは住宅ローンを抱えたまま経済的破綻に陥った個人債務者が、できる限り住宅を手放さないで再生できるようにすることを目的とする。しかしそのような住宅資金貸付債権に関する特則は住宅ローンを抱えている者のみが恩恵を受ける制度である。勿論、現代の福祉国家においては万人を機械的に平等に扱うことで正義が充足されるわけではない。そして確かに住宅ローンを抱えている人はそうでない人に比べて一見経済的負担が大きいようにも見える。しかし住宅ローンを組めるということ自体一種の特権であるのが現実である。銀行はフリーターには決して住宅ローンを組ませてはくれない。

結局、住宅ローンを抱えている人は決して社会的弱者ではなく、特別な制度を創設して救済する必要はない。持家を持たずに一生を過ごす人も少なくない中で、住宅ローンによって家を購入した人だけが救済されるのは不正義である。住宅ローン減税も叫ばれたが、これらは会社人間(社蓄)が自分達に都合のよい制度にしようとしているだけのことなのである。


独占禁止法
独占・寡占に対し、独占禁止法により何らかの規制をかけようとするのは、資本主義の否定でもなければ、悪平等主義でもない。独占を規制するのは、経済市場において、更に競争を促進しようとする考え方に基づくものであり、優れて市場志向的なものである。経済的競争は、基本的には全ての人に利益をもたらすものであり、従って、悪平等主義と呼ばれるべきなのは、競争の規制又は否定の方だろう。

雪印乳業事件 雪印乳業は「自己の取引上の地位が優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして、卸売業者及び小売業者に不当に不利益な条件で取引している」として、独占禁止法違反に該当するとされた(公取委審決S52.11.28審決集24-65)。

東京高判昭和55年9月26日石油価格協定事件 被告:石油製品元売業者12社(被告会社)、被告会社役員14名(被告人)
被告会社は一部商品を元売していない太陽石油(株)を除き、いずれも燃料の全油種を全国的に元売。昭和48年、12社合計で燃料油業界のシェア80%強。昭和47年〜48年 数回にわたる価格会合を開く。 会合で燃料の種類ごとに値上げ幅を決定、各社が各々の実施時期に値上げをする事に合意。昭和48年 5回にわたり値上げを実行。この行為に対し公取委は独禁法3条後段違反として排除勧告、一方同89条1項1号及び95条に該当として検事事務総長に告発し、公訴が提起された。

判旨 独禁法2条6項 "拘束力ある共同行為"は競争制限的効果持つものである。同規定は、"共同行為"=一定の取引分野における競争を実質的に制限する内容に限定。つまり公共の利益に反し一定の取引分野における競争を実質的に制限する内容の拘束力ある共同行為の実行を指す。よって、不当な取引制限の罪は共同行為によってもたらされる競争の実質的制限の外部的表現であるその共同行為の内容の実施を成立要件とするものではないと解する。

既遂の時期 合意時説〜共同行為のための合意の成立時に不当な取引制限の要件満たされる。よって共同行為の実施や競争の実質的制限という結果発生を要しない。メリット〜共同行為のための合意時点で不当な取引制限成立と捉え、それに対し排除処置を命じるとにより独禁法の効率的な運用を可能にさせる。しかしこれは競争の実質的制限をもたらすことが認定されうるような合意がなされた場合に限定。@合意の内容が価格協定や生産協定など、競争制限それ自体を目的とするものである。A合意の当事者の市場占有率の合計が大きく、そのため合意の内容が市場における競争の制限をもたらしうる程度の力を持つ場合。

事業活動の相互拘束性 共同行為=相互拘束行為。共同行為を内容とする合意の形成、協定の締結により成立。しかし、合意・協定の内容に従った事業活動が実際に行われる必要は無い。「拘束」は、参加事業者が他の者もそうするであろうとの期待の基に共通の目的に向い努力する程度でたり、それに反する行動を自制する関係をいう。つまり実行性が制裁などにより担保されている必要は無い。

競争の実質的制限 市場の画定を前提。これは市場占有率、市場集中度、売り手および買い手の数、当該業界に固有な事情、新規参入の難易度などを考慮し判断。合意の内容が実施されて競争の実質的制限が実際に生じている必要は無い。実施されれば競争の実質的制限をもたらすような内容の合意の形成・協定の締結あれば要件充足。

「公共の利益」の意義 「生産者・消費者の利益を含む国民経済全体の利益」。石油カルテル事件の判旨において、「独禁法2条6項にいう「公共の利益に反して」とは原則同法の直接の保護法益である自由競争秩序に反することをさす。現に行われた行為が形式的に右に該当する場合であっても、右法益と当該行為によって守られる利益とを比較考量し『一般消費者の利益を確保すると共に、国民経済の民主的で健全な発達を促進する』という同法の究極目的に実質的に反しないと認められる例外的な場合を右規定にいう『不当な取引制限』行為から除外する趣旨」としている。例外的な場合〜危険商品、欠陥商品、環境汚染の原因となる物質の販売禁止などを内容とする協定を、公的規制が間に合わないなどの場合に緊急避難的に締結する行為。

行政指導 この事例において価格協定は行政指導に従ってなされたものとは認められなかった。だが、最高裁はこの判決において、価格に関する行政指導であってもこれを必要とする事情のある場合、これに対処する社会通念上相当と認められる方法により行われ、「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という独禁法の究極目的に抵触しない限りこれを違法とすべき理由は無い。よって、価格に関する事業者間の合意が形式的に独禁法に違反するように見える場合であっても、それが適法な行政指導に従いこれに協力して行われたものである時はその違法性が阻却されると解するのが相当である、との見解を示している。


中部読売新聞社事件 中部読売新聞社は「朝刊16ページ、月極500円、コーヒー3杯分で1ヶ月」「はじめまして、ヨミウリです。コーヒー三杯分で内外のホットニュースを」の宣伝文句で中部地区に進出した。当時の大手紙(読売、中日)の定価はセット1700円、単独版1300円。中部読売新聞社は独立新聞社として法人格を異にしているが、見本紙を見る限り編集面において読売新聞とほぼ同一であるほか読売新聞の題字を共通に用いてそのイメージを強く出している。

中部読売新聞社の販売区域は東海三県に限定し読売新聞社、大阪読売新聞社の販売区域を避けており、このことからも読売新聞社が東海三県に進出したものと考えられる。 以上のことから読売新聞社と中部読売新聞社は同一のものと思われる。とすれば500円月極は他地域の1300円月極との間に著しい差別対価をもうけることとなり、新聞業における特定の不公正な取引法の告示第一項に違反する疑いがある。更にこの価格は不当廉売の疑いがある。原価計算上採算がとれないことは明らかである。よって公正な競争を阻害する。


公取委による景品規制

懸賞区分

条件

オープン懸賞

取引に付随しないこと(商品の購入が条件でないこと)
一人当たりの最高金額1000万円 (総額に対する規制なし)

クローズド懸賞

商品の購入が条件

 

取引価額

最高額

総付け

1000円未満

100円

1000円以上

取引価額の10分の1

一般懸賞

5000円未満

取引価額の20倍

5000円以上

10万円

共同懸賞

---------------

30万円

ベタ付け

商品を購入した人全員に、抽選などの懸賞によらないで提供される景品類

 

1000円未満

100円

 

1000円以上

取引価格の10%

労働法
「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」(労働基準法15(1))。とされ、施行規則5条は賃金の決定・計算・支払方法・支払時期等について書面の交付を義務付けている。

労働組合からは司法制度に対して「労働をめぐるトラブルが起きたとき、なかなか解決しないという問題があります」と指摘される。紛争の長期化により「人生設計の根本を狂わされてしまいます」(大出良知「司法改革になにを望むか」月刊司法改革1(1999)18(熊谷謙一))。


就職活動 エントリーしても、資料もメールも送ってこない企業や、質問のメールを送っても返答してくれない企業が多い。急に説明会が無くなったという事があったが、それに対してその企業からは、説明も謝罪も何もなかった。顧客が相手だったら、こんな対応は絶対にしないと思う。一部の人のキャンセルによって、真面目に活動している人までもが「最近の学生は」と身に覚えのない非難を浴びせられてしまうことが気がかり。それを聞かなければならないのは、きちんと予約をして時間通りに出向いていった「普通の」学生達だということを認識すべき。加えて企業に対する不満として採用基準の不明瞭さが挙げられる。「実力で評価といいながら実力とは何なのか抽象的でわからない」「なぜ、落とされたのか、明確な説明がなく納得できない」との声は多い(「就職活動迫る」慶應塾生新聞2000.12.5)。

フリーター、150万人超す・若者の職業意識に変化 定職を持たずにアルバイトなどで暮らす若年層の「フリーター」は1997年には151万人と5年間で50万人も急増(労働経済の分析(労働白書)2000年版)。昨年の24歳以下の失業率は9.1%で10年前の2倍。卒業後に進学せず定職もない人の割合は増加を続け、99年の新卒者では高卒で32%、大卒で23%に達した。資格の取得など確固とした目標を持ち、「自己実現」を目指す層はフリーター全体の25%どまり。

面接 基本的に面接は何回もある。また、その面接の度に担当が違うのでだいたい同じことを聞かれる。等身大のキミを企業は見ている。面接は2ウェイコミュニケーションの場。自分が考えてきた自己PRを一方的に話すのはやめよう。担当者の話をよく聞いた上で、「何が聞きたいのか」を冷静に判断して自分の言葉で、落ち着いて話をする。聞かれることは1自己紹介、2自分の性格、3自分にとって働くとは?、4どういう仕事がしたいか?、5何か聞きたいことは。しっかりと自分の考えを伝えれば大丈夫。これができなくて困っている人が多いと思うが、これができないと会社でやっていけないと思う。やりたいことはその企業に合っているか。ただ単に「受かりたい」「選ばれたい」という理由で、その企業の”求める人物像”に合わせようとしていないか。やりたいことと企業が求めていることが合っていないと、入社してから能力は発揮できない。なぜその会社に行きたいのかもう一度よく考える。

等身大の自分を表現するための、自己分析。企業は面接で、事前準備された解答だけを求めているのではない。キミがどんな人間か、どんな個性を持っているのか、能力や可能性はどうか、等を知りたいのに、マニュアル通りではNG。なぜ自分がそうしたかったのか、自信をもって挑もう。企業・仕事研究の成果をだす。なぜその仕事がしたいのか、なぜその会社を選んだのか。「志望」するならそれを裏付ける理由があるはず。例えば「好きなことを仕事にしたい」のなら「なぜ好きなのか」「なぜ好きなことを仕事にするのか」を伝えよう。志望動機に模範解答はない。自分なりに研究をしてきた成果は、必ず伝わるはず。未来の自分をイメージする。内定はあくまでも通過点。何のために就職するのか、自分は将来どうありたいのか、入社後自分はどんなキャリアを積んでいくのか。自分の過去と未来を見つめてこそ、就職観・人生観が見えてくる。自分のビジョンを自分の言葉で語れるようにする。


裁量労働制 勤務時間や仕事の進め方を企業が管理せず、社員が自分で決める「裁量労働制」を企画部門などに導入する企業が相次いでいる。従来は専門性の高い11職種に限られていたが、4月から適用職種が広がったためだ。博報堂・万有製薬・ソニー損害保険などが採用、これまでに大企業の本社が集まる東京、大阪、愛知の三都府県で23件の導入届出が有った(「裁量労働制相次ぐ」日経新聞2000.5.29)。毎週とか毎日とかに報告書をだしたりしなくてはいけなくなったりして、仕事以外の作業が増えて困るとネガティブに捉える従業員もいる。

裁量労働制が普及すれば、家庭を持つ女性にとって大きな支えになるだろう。というのも現在の通常の勤務時間態勢では家事をするのは夜中か、朝早く、もしくは休日になってしまう。また、子供がいれば子供が学校などから帰ってくる時間は家にはいれない。だがこの制度が広まれば、会社へ出勤する時間の短縮も可能だし、自宅での仕事も可能だ。仕事と家庭の両立という難問を抱える女性にとって一刻も早い普及が望まれる。


労災認定基準見直し(2001.11.15) 働き過ぎで過労死したり、病気になったりする労災の認定基準見直しを検討してきた厚生労働省の専門検討会(座長=和田攻・埼玉医科大教授)は、勤務状態を判定する期間について大幅な拡大を求める報告書をまとめた。労働基準監督署が判定しやすいよう過労死を招く時間外労働(残業)の量を数値で示している。同省では報告書を受け、来月上旬にも新基準を全国の労基署に通達し、実施する方針。

報告書では、疲労の蓄積度を判断するためには「発症前6か月間の勤務状態の考察が妥当」とした上で、労働時間や勤務の不規則性、拘束性、作業環境などの考慮を求めた。特に過労死を招きかねない残業時間の目安を掲げて、判定のマニュアル化を図った。〈1〉発症前1か月間に100時間を超える〈2〉同2-6か月の間、1か月当たり80時間を超える、場合は仕事が過重と判断する。同1-6か月の間、残業時間が1か月当たり45時間未満なら発症との関連は薄いが、45時間以上で長ければ長いほど過労死に結び付く、とする。


労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(昭和60年法律第88号)2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 労働者派遣 自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする。
二 派遣労働者 事業主が雇用する労働者であって、労働者派遣の対象となるものをいう。

派遣労働者は派遣会社の従業員と登録者に分類される。労働省「労働者派遣事業に関する99年度事業報告集計結果」によると後者の伸びが著しく、延べで約89万人(前年度比19.0%増)が登録型派遣労働に従事した(「派遣社員100万人超す」読売新聞2000.12.23)。会社人間(社蓄)的働き方を否定する人が増加している点は肯定的に評価できる。特にITエンジニアのキャリアを磨くには、派遣や業務委託で、希望のプロジェクト、スキルを自ら選択していくという働き方が適している。もしくは、初めての転職で、自分に何が向いているのか?を探すきっかけのためにも、派遣という形態は、数多くの選択肢を提供してくれる。

労働者派遣事業は「企業にとっては、必要な人材を、必要な時に、必要なだけ派遣してもらえるという魅力があり、他方、専門技術者、主婦、高齢者などにとっては、自己の欲する日ないし時間に就業できるという柔軟性がメリットとなる」(安枝英のぶ=西村健一郎・労働法6版補訂(有斐閣2000)37)。

労働者派遣事業は本来職業安定法44条によって禁止される労働者供給事業に該当するものである(脇田滋「個別的労働関係における使用者」労働判例百選6版(1995)7)。労働者派遣法制定によって労働者供給事業は一部合法化されたが、労働者供給事業の弊害は派遣においても生じうる。実際、東京都労働経済局「派遣労働に関する実態調査1998」労働経済局月報1999.5によると、企業が派遣労働を利用する理由は順に従業者数の抑制、業務量の変動が大、欠員の一時補充、賃金コスト減となる。


紹介予定派遣Temp to Perm 正社員で就職する前に、派遣スタッフとしてその企業で働く。海外では既にスタートしているこの制度、日本では2000年12月よりスタートした。まずは派遣という働き方を活用し、実際の仕事を通して企業、仕事内容、職場環境が自分に向いているか判断。派遣終了後に派遣先企業と相談した上で、その企業へ就職するといったシステム。求職者側には実際に働いた上で判断できるため、転職のミスマッチがなくなるだけでなく、時間をかけて自分の能力をアピールできるというメリットがある。企業としては、一定期間仕事ぶりなどを確認した上で採否を決定することができるし、募集・採用にかかる経費の削減にもつながる。将来的には人事部のアウトソーシングとしての活用も期待される。

「アメリカ労働法における不法就労者の法的地位に関する全体的特徴をみると、裁判例は一方で、不法就労者にも労働法上の保護を与えつつ、IRCAの目的を阻害しないように、救済内容において合法就労者と異なる扱いを行っていることを指摘できる」(早川智津子「アメリカ労働法における外国人不法就労者の法的地位」法学政治学論究46(2000)53)。IRCAは移民改正管理法Immigration Reform and Control Act of 1986で、不法就労者の雇用を禁止している。


Click here to visit our sponsor Click here to visit our sponsor