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コンフェデ杯 平均視聴率は37.9%、瞬間最高で49.4%もあった。決勝でフランスに敗れ、日本代表は準優勝に終わった(2001.6.10)。やはりフランスは強かった。あるフランス人サポーターは「フランスにはジダンがいないけど、日本にも中田がいないでしょ」と言っていた。中田がいたらどうだったかと想像したくなるが、ジダンがいたらどうなったのかを想像すると、やはりフランスは強いと言わざるを得ない。

アレックス 清水のアレックスが東京V・三浦との直接対決に意欲を見せた。「三浦はゲームをつくることができるし、FKの精度も高い。でもFKは自分も自信がある」帰化申請後、初めて代表の左サイドの選手を擁するチームと対戦。日本国籍取得後の代表入りへ、絶好のアピールの場となる。今節は長身FW・バロンが出場停止だが、サイドからのセンタリングは「グラウンダーのボールを多く入れる」ことで対応し、勝利に貢献するつもりだ。

稲本 風邪で休養していたG大阪MF稲本が神戸戦を欠場する可能性が強まった(2001.3.29)。クラブハウスには姿を見せたが、点滴治療を受けたのみで帰宅した。池田ドクターは「熱はまだ37度台で鼻水、頭痛の症状がある。体力も落ちているでしょうから、あすも難しいかもしれない」と30日の練習も難しいとの見解。欠場ならば宮本、稲本とセンターラインの柱2本を欠くことになるが、早野監督は「あしたの様子をみて考える」とぎりぎりまで回復を待つ構えだ。

田原豊 連敗脱出を狙う横浜が、名古屋戦(2001.3.31)に新人FW田原豊を先発起用する可能性が出てきた。28日の練習中に痛みを訴えたMF遠藤が、右脇腹肉離れと診断されたためでアルディレス監督は「遠藤はあすもう1度チェックする。大丈夫なら使うが、駄目ならあたまから田原を使う」と城、田原の鹿児島実コンビの2トップで名古屋戦に挑むことを検討。Jユース杯チリ戦でハットトリックを決めた“猛牛”が迷走横浜の救世主になる。

中田英寿 中田語録(文藝春秋)。中田初の“公認”発言集文庫化! 大好評だった『中田語録』に、いまだ記憶に新しい昨年のワールドカップ本選やペルージャ移籍後のエピソードと写真を加え、永久保存版として文庫化。

ローマMF中田英寿がローマ近郊トリゴリアで行われた練習で合流した(2001.3.27)。ボール回しやランニングなどフィジカル中心のメニューだったが、中田は精力的に動いた。W杯予選でイタリア代表に招集されたMFトッティ、カンデラら主力が不在の中、4月1日のベローナ戦(ホーム)に向けてアピールした。また右ひざ外副じん帯不安で戦列を離れていたFWバティストゥータも合流、中田が再びEU外国籍選手枠問題に直面することになった。

2001年4月7日に首位ローマを迎え撃つフィオレンティーナが観客を一切入れない“閉鎖試合”を企画していることが明らかになった。フィオレンティーナは昨年までFWバティストゥータが所属していたチーム。サポーターの中には引き抜いたローマに対して悪い感情を持っている者も多い。セリエAでは最近サポーターのトラブルが相次いでおり、先手を打つ形でサポーターを締め出そうというのだ。30日に最終決定するが、MF中田英寿にとっては初体験になる。


レオナルド 元ブラジル代表のMFレオナルドが今季限りでACミランから退団する意向を表明した(2001.3.28)。94年から3年間Jリーグの鹿島でプレーし、華麗な技で日本中のファンを魅了。当面は母国ブラジルに戻る予定だが、日本での人気は根強く、鹿島の幹部は「レオナルド?すぐに復帰ということはない」と前置きしたうえで「補強があるとしたら第1ステージの結果を見てから」と成績次第では再獲得に動く可能性を示唆した。

中村俊輔 フランス代表に大敗を喫した“サンドニの屈辱”を教訓に横浜の指令塔・中村が海外クラブでの武者修行の必要性を訴えた問題で横浜の中村勝則チーム統括本部長は、02年W杯以前でも中村の海外移籍を容認する可能性があることを示唆した(2001.3.27)。ただ、その一方で「現時点ではどこからもオファーは来てない。俊輔はJリーグでずば抜けた活躍をしてアピールするしかないでしょう。オファーがあればすべて本人に伝えます」と、フランス戦で暴落した評価を取り戻すことが先決であることを強調した。

エスパニョールはバルセロナ市内で練習を行い、11対11のミニゲームなどで約2時間体を動かした(2001.3.27)。FW西沢明訓は練習後に中村俊輔らが海外移籍希望を持っていることに関して「“スペインはどう?”と聞かれたので“いいよ”と答えた。若い人はみんなそう(移籍したいと)思っている。稲本とは昔からそういう話をしているし。そういう人には今すぐ海外に出ていけって言った」と若手に移籍の勧めを説いたことを明かした。

中村俊輔の海外移籍を求め、横浜にファンからの抗議メールが殺到していることが明らかになった(2001.3.28)。野上修三社長が「俊輔を出してやれ!というメールがたくさん届いてるようです」と話したもので「これで分かっただろう。俊輔をクラブは抱え込むな」などの辛らつな内容が多いという。ただ野上社長は話し合いに応じる姿勢こそ示したが、早期海外挑戦の可能性は低そうだ。

JAWOC幹部会に出席した川淵三郎チェアマンは「日本代表が鼻をへし折られて良かった。今は逆にトルシエをバックアップしようと思う」と明言(2001.3.27)。フランス戦ではフィジカル面や前線での守備の甘さなどの弱点が明らかになった。そのため「俊輔に今すぐ中田のようなフィジカルの強さを求めてもできない。トルシエがもっとJリーグの監督に言わなきゃ。チャンスがないなら全部の監督を集めてミーティングをやってもいい」と協力を約束した。


中山雅史 3戦目の正直だ!!磐田FW中山が体調不良を押して今季Jリーグ初ゴールを狙う。磐田のエース中山はJリーグ参戦の94年以来、毎年開幕から3戦目までに初ゴールを記録してきた。今季はここまで無得点でそろそろ決めごろ。鼻炎により体調はいまひとつだが、アジアクラブ選手権で4発と得点感覚は戻ってきており、FC東京戦(磐田)(2001.3.31)でゴンゴールがさく裂しそうだ。

鼻炎を訴えていた中山は練習場には姿を見せず、室内トレーニングだけで切り上げ、病院で治療を受けた。「鼻がつまったような状態でせきも出るようなので大事を取っただけ」と鈴木監督。今季Jリーグ初得点が期待されるFC東京戦に向けて万全を期したことを強調した。ただ中山の回復次第では途中交代の可能性もあり、紅白戦では高原と西の2トップをテスト。「場合によっては高原の1トップも…」と指揮官はエース抜きの戦いも想定していた(2001.3.29)。

鼻炎と風邪のため29日は別メニュー調整だった磐田の中山が再合流し、居残りのシュート練習などに取り組んだ。「明日(31日)の朝の状態を見て決断する」とFC東京戦の出場に向けてトーンが下がった鈴木監督だが、中山は「出るつもりでやっている。(得点の)期待に応えられるよう頑張りたい」と強行出場の決意を固めている。


崔龍洙 右ひざじん帯損傷で戦列を離れていた市原FW崔龍洙(チェ・ヨンス)が柏戦(2001.3.31)でJデビューする。ベルデニック監督が「先発で使いたい」と言明した。だが、紅白戦で崔龍洙はレギュラー組で林、佐藤寿と3トップを組み何本かシュートを放ったものの、ゴールを割れずじまい。コンディションも試合勘も戻らず本番まであと3日しかないことにイライラしている様子だった。

柏戦でJデビューするFW崔龍洙が、韓国代表の先輩でもある柏のDF洪明甫に挑戦状を叩きつけた。「僕の欠点を知り尽くしている。やりにくいが、作戦もある」。右ひざじん帯の損傷で戦列を離れていたため、まだシュートもイメージ通りには打てない。しかし、全体練習後に居残りシュート練習を行 い、約50本蹴り込んだ(3.29)。「韓国代表ではいい先輩だが、今度の柏戦は市原にとって大事な試合。勝ってみせる」と韓国のワシが“ツメ”をといだ。


小野伸二 指令塔・小野のFW起用で大量点ゲットだ!490日ぶりのJ1勝利を目指してホーム駒場スタジアムに福岡を迎え撃つ浦和のチッタ監督はワントップからスリートップまでバリエーション豊かなフォーメーションを用意した。中でも目玉は、トゥットの右と左に小野とアドリアーノを配した超攻撃的な布陣。「1トップでも2トップでも3トップでもできないといけない」と小野。ゴールへの意識は以前より高くなっており、ゴールシーンの期待は大きい(2001.3.30)。

城彰二 横浜のオズワルド・アルディレス監督がFW城に対し、シュート量産指令を下した。開幕2試合で精彩を欠いたままのエースをしった激励したものだが、裏返せば“最後通告”の意味合いが強い。「監督からはとにかくシュートを打てと言われた。あす(2001.3.31)は決めるよ。決めないとヤバイし、勝たなくちゃいけないんだから」と城。リパティン、レアンドロの両助っ人FWが来週から戦列復帰するだけに、31日の名古屋戦で城の真価が問われることになる。

前園 FW前園をレギュラー組で徹底チェックした(2001.3.29)。東京Vの紅白戦で石塚と2トップを組んでいた小倉に代わってレギュラー組。第1戦では途中出場で17分間プレー、第2戦ではベンチからも外れていたが、前園は「コンディションはいい。先発かどうかは分からないけど、前よりは出る時間が長いでしょう」と31日の清水戦に自信を見せる。「だいぶよくなってきている。チャンスがあればいきたい」と松木監督。3年ぶり先発の可能性も十分にある。

明神 日本代表ボランチの柏・明神が市原戦に強行出場する。2001.3.30はミニゲームなど練習メニューをすべてこなしたが、28日にひいた風邪は治らずじまい。点滴を打ってのプレーとなりそうだ。「今朝も37度以上あったし、のども痛い。きついですね」大敗したフランス戦後には「すべての面でレベルアップをしなくちゃいけない。まずはしっかりコンディションを整えて次(スペイン戦)に臨みたい」と語っていたが、皮肉にも帰国直後に体調を崩してしまった。

柳沢敦 鹿島のトニーニョ・セレーゾ監督が眠れるエースのFW柳沢に猛ゲキを飛ばした(2001.3.30)。今季ノーゴールと不振が続いているとあって「彼の実力からすれば、決定的なチャンスを外している状態。あそこまでチャンスをつくり出しているのだからどんどんシュートするべきだ」と奮起をうながした。柳沢も「連敗だけは避けたい。久々のゴール?頑張ります」とシュートを打ちまくる決意だ。

スペインVSフランス スペインVSフランスの親善試合はスペインのメスタージャ・スタジアムで行われ、スペインが2―1で勝った(2001.3.29)。フランスの昨年6月の欧州選手権からの連続無敗記録は10試合でストップ。スペインは前半41分にエルゲラ、後半4分にはモリエンテスがゴールを決め、81年以来20年ぶりにフランスから勝利を挙げた。観戦した日本代表のフィリップ・トルシエ監督は「スペインは危険ではない。5―0で勝つ」と豪語、惨敗したフランス戦の雪辱に自信を見せた。

ブラジル エクアドルに屈辱 2002年W杯南米予選は、ブラジルがエクアドルと敵地のキトで対戦し、0―1で苦杯を喫した(2001.3.29)。エクアドルがブラジルに勝ったのは史上初めて。エクアドルはこの金星で、勝ち点を19に伸ばし、史上初のW杯出場へ一歩前進した。首位のアルゼンチンはベネズエラに5―0で圧勝して勝ち点を28に伸ばした。パラグアイはウルグアイに1―0と競り勝ち、勝ち点23でブラジルと入れ替わって2位に浮上した。

フーリガン制圧訓練 日韓共催で行われる2002年のサッカーW杯で予想されるフーリガン問題で、警視庁は、東京都江東区の豊洲警備訓練場で機動隊の合同訓練を実施した。観客席からフーリガンがグラウンドに乱入するなど本番さながらの訓練。開催地への応援部隊派遣を想定し訓練科目に追加した。また韓国警察トップの李茂永警察庁長が来日し、警察庁の田中節夫長官は会談後「W杯対策に関し韓国警察庁との協力を密にしていきたい」とのコメントを出した。


ずいぶん昔になるが、テレビの野球ニュースでアナウンサーが、「O対0で迎えた1回表…」と言っていた。解説されなくても1回表はO対0だろう。「さんしーん!ツーエンドワン!」「投げた!フォークまっすぐ!」というのもあった。試合は9回を終わり0対0の投手戦。実況のアナウンサーに「いかがですか、この試合展開」と振られ、解説者がスコアを見て「たこ焼きみたい」。アナウンサーが「10勝目を見事、白星で飾りました」と言っていた。「○勝目」を黒星にするのは無理と思う。

野球・セリーグ
清原和博 巨人の渡辺恒雄オーナー(読売新聞社社長)は、都内のホテルで行われた2001年読売巨人軍激励会に出席。名誉棄損で訴えていた週刊ポストの発行元・小学館に全面勝訴した清原内野手の法廷闘争を「名誉 棄損で1000万円は日本の法曹史上初だ。今後は2000万、3000万、1億と跳ね上がるのは結構」とたたえ「清原君はきょう(裁判に)勝って、この勢いで40本打つ。打率も3割5分いくだろう」と予言した。同オーナーは今回の勝訴を優勝の助走と表現し、連覇に直結する清原の大爆発に期待をかけた。この判決には「裁判所側には、今まで欧米に比べ賠償額が安すぎた、との判断から、メディア側に警鐘を鳴らす意味を込めているのかもしれない」と評された(板倉宏「相場は200-300万円 画期的な判決」報知新聞2001.3.28)。
阿部慎之助 巨人・長嶋茂雄監督は阪神とのセ・リーグ開幕戦バッテリーに上原―阿部を起用。阿部捕手の開幕マスクは巨人の新人捕手では78年の山倉和博以来23年ぶりの快挙になるが、開幕マスクには村田真の安定度、吉永の打撃を推す意見も多かった。しかし長嶋監督は今季は連続日本一を目指す一方で「何といっても新世紀の次代を担うプレーヤーを育てていく指導者としての使命がある。幸いキャンプから若手に成長の跡は残されている。実戦で自信を持たせて真のレギュラーを獲得させたい」と起用に踏み切った。阿部は「とにかく一生懸命やるだけ。無我夢中で…」(「阿部開幕スタメン内定」報知新聞2001.3.28)。

巨人17―3阪神(2001.3.30)。 阿部が阪神との開幕戦でいきなり初打席で右中間適時二塁打の鮮烈デビュー。中前タイムリーも放ち、2安打4打点の活躍でプロ野球タイ記録となる開幕戦最多得点17の導火線になった。「最高の気分。無我夢中でやった中で結果が出てよかった」と黄金ルーキー。巨人では23年ぶりの新人開幕マスクをかぶった捕手としても上原、條辺を3失点リード。それでも「反省材料もたくさんあったし、今日はもう忘れます」(鈴村雄一郎「阿部4打点」報知新聞2001.3.31)。

一方、阪神はこれで開幕戦はプロ野球ワースト記録を更新する11連敗。阪神・野村監督の不満は「コントロールの投手がコントロールが悪いんだから」と、奇襲先発の星野伸にぶつけられた。巨人・江藤の先制打も阿部の2点二塁打もカウントを追い込んでから。指揮官は「ちょっとした注意力なんです」と残念そうにぼやいた。伝統の縦じまを20年ぶりになくしたビジター用の新ユニホームで臨んだ 一戦だったが、連敗脱出のカンフル剤にはならなかった。

阪神は開幕戦から巨人戦ということで、歯がたたないのではないかとの予想も有力だったが健闘した。貧打と言われながらも打って走ってと、2戦目3戦目は貧打と言わせないとばかりに点を取った。久しぶりに熱い試合を見ることができた。結局負け越したものの、改めて何事もそうだけどやってみないと何が起こるか分らないものと感じた。


中日5―1広島(2001.3.30)。 3年ぶり3度目の開幕投手の栄誉を受けた中日の山本昌が7回を6安打1失点。「序盤はピンチばっかり。1点を取られて開き直りました。最高の結果に終わり満足しています」初回、広島・ロペスの左翼線二塁打で先制点を許し、二回には無死から連打を食らった。だが、佐々岡の送りバントを阻止して波に乗った。直球のMAXは137キロでも127キロのスクリューボールに、パームボールのような落ちる新魔球も織り混ぜての好投。粘りと気迫の97球だった。
ヤクルト6−4横浜(2001.3.30)。 ヤクルトの若松監督がエース石井一の開幕投手起用を予告した。「日本を代表するエースピッチャー」と期待を寄せる若松監督は「次のカードのことを考えたら一番に持ってくるしかない。中5日でぶつけないと」と4月5日の巨人戦先発も視野に入れての起用であることを明言した。その石井一は雨の横浜スタジアムで最終調整。昨年の対横浜の防御率が4.21と球団別で最低だったことに「意識して倒したい。力でねじ伏せたい」ときっぱりと言いきった。

横浜・森祇晶監督が巨人包囲網を提唱した。開幕から巨人に走られたら追撃不能になることを指摘したうえで、リーグ全体の勝率を下げて混戦に持ち込む戦略を提案。「ペナントレースを面白くするためにも苦しめるだけ苦しめたいと思っている」と、30日のヤクルトとの開幕戦には開幕投手にベテランの小宮山悟投手を指名するなどシーズン序盤はベテランの堅実さを駆使して巨人の独走を阻止する。

開幕戦の緊張感をヤクルト・石井一は力に変えた。初回に横浜先頭の金城をカーブで空振り三振に切って取ると、石井琢はフォークで空振り三振。続く小川も149キロの速球で空振り三振だ。昨年の開幕戦(対中日)の6連続奪三振をほうふつさせる3者連続奪三振。「狙っていました。“打てないよ”というのを見せておかないといけないので」と結局7回で5安打8奪三振。開幕戦は、これで3連勝と貫録を見せつけた。


バリーグ
ロッテ4―0オリックス(2001.3.30)。 両リーグ一番乗りの完封もロッテ・黒木は喜びを爆発させることなかった。「ノーヒットノーラン?みんなはニヤニヤしていたけど、できるわけないんだから全然意識はしてませんでした」六回1死、オリックス吉原に中前打されるまで1本の安打も許さなかった。しかし、黒木は記録よりも今後の戦いを見据えていた。「きょうで終わりじゃない。今年の黒木はカーブが多いぞと、意識づけしたかった」熱い思いは胸の内に秘めて冷静に緩急をつける投球だった。
近鉄2−1西武(2001.3.30)。 会心のフルスイングで“パの顔”近鉄・中村が一撃で西武・松坂を沈めた。1―1で迎えた七回2死の第4打席。変化球が2球続いて1―1となっての3球目、値千金の決勝2号ソロだ。「真っすぐ狙いだったが、気持ちが入っていた分カーブについていけた」と左翼席へ運び去った。梨田監督も「ノリがよく決めてくれた」と最敬礼するほど、中村のバットはもう満開だ。

西武が松坂で、また負けた。1点を守る。この困難な作業をするだけの制球がこの試合の松坂にはなかった。五回までは3四死球を与えても1安打投球だったが、1点を先制してもらった六回は近鉄・中村、ローズに連続四球。1死後に礒部に同点の右前打を許した。MAXは148キロ。寒さもあって抑え気味に投げても制球は乱れた。観客は松坂登板日としては最低の1万1000人。球場周辺の桜のように松坂が満開になるのはいつだろうか。


ダイエー7―4近鉄(2001.3.28)。ダイエーのドラフト2位・山田(立命大)が近鉄戦でプロ初登板初先発。MAX148キロと力の投球でいてまえ打線に立ち向かった。八回、中村に“洗礼の3ラン”を浴びて降板したが、8安打4失点で堂々のプロ初勝利。チームに3連勝まで呼び込んだルーキー右腕は「次はもっと力をつけて中村さんといい勝負をしたい」と言った。

八回無死一、二塁。初球の甘く入ってきたスライダーを見逃さなかった。左翼3階席で弾む待望の今季1号3ラン。敗戦にも近鉄・中村は「狙っていました」と声を躍らせた。前夜の試合で自打球が左かかとを直撃、首脳陣からはDHを勧められたが三塁スタメンを志願。ダイエー・山田のデビュー戦でもあったからだ。その山田からの一発。「前評判通りいい投手だなと思いました。コントロールがいいです」と新たなライバル出現を喜んでいた。

主砲・小久保にアクシデント発生だ(2000.3.29)。福岡ドームで行われたダイエーの練習で、イレギュラーした打球を右目に当てて病院へ直行。幸い眼球にも骨にも異常はなく「右眼瞼(がんけん)打撲」と診断されたが、3連勝と波に乗る中でのアクシデントに王監督は渋い顔だ。27日の近鉄戦では走塁中に左ふくらはぎ肉離れで松中が離脱。「小久保ははれさえひけば大丈夫だろう。松中も2週間ぐらいで戻ってこれるのでは」と王監督は気を取り直していた。


ロッテ2―2日本ハム(2001.3.28)。延長十二回1死一塁、ロッテ・清水将が二ゴロ併殺に倒れると右翼スタンドから深いため息が漏れた。昨季5敗を喫した日本ハム・関根を打ち崩せずドロー。山本監督も疲労感をにじませたが、真っ先に口をついたのはプロ初先発で好投したルーキー加藤の名だった。「加藤はよく投げた。打線?点を取っていれば何回でも勝っている」ビッグバン打線を相手に七回まで3安打1失点。黒木、ミンチー、小野の右腕3本柱に続く貴重な左の先発が誕生した。

故障者続出のビッグバン打線に四番がいなくなった。2001.3.30からのダイエー3連戦のため、福岡入りした日本ハム・大島監督は「四番?いないんだよ」と困惑顔。オバンドーが左足舟状骨骨折で離脱、片岡も右大腿二頭筋の肉離れで登録抹消。さらにウィルソンも左手親指打撲と万全ではない。ロッテ戦では西浦を抜てきしたが、5打数無安打で3三振。残るは小笠原だけだが「それだと全部の負担がいってしまうからな」と大島監督は頭を抱えていた。


オリックス10―9西武(2001.3.28)。 今季初のサヨナラ勝ち。「いやあ、気持ちいいですね」サヨナラのホームを踏んだオリックス・谷の声が弾んだ。十回に3点のリードを許してもあきらめない。その裏3連打で1点差とし、1死一、二塁から中越え二塁打。一塁走者の大島は本塁で憤死したが、打者走者の谷が西武・中嶋聡の三塁への送球が乱れる間に生還したのだ。仰木監督は「全員野球だって?ハッハッハッハ…」と破顔一笑だった。

西武・松井が“驚異の粘り”を見せた。三回1死、オリックス先発の小倉に対してカウント2―0から粘りに粘る。9球目でフルカウントになり、10球目から実に8球連続ファウル。最後は142キロの直球に空振り三振に倒れたが、1打席18球は81年に富田(中日)がマークして以来20年ぶり。球団では初の珍記録に松井は「18球?いっぱいいっぱいでした」と話した。

投手陣の乱調で1勝3敗と開幕ダッシュに失敗した西武は12年目のベテラン・潮崎哲也投手を「期間限定」でストッパー起用することになった。入団1年目の90年から抑え役を経験し、通算55セーブをマーク。不振の守護神・森慎二投手の復調を待つ間の1カ月程度を予定している。今季は宝刀シンカーの切れ味も復活。開幕から3試合続けて登板している選手会長が、30日の近鉄戦で今季初勝利を目指す松坂大輔投手とともにチームの危機にフル回転する。


西武10―5オリックス(2001.3.27)。 開幕連敗でオリックス戦を迎えた西武。初回に先発の西崎が故障のため、わずか10球で降板するアクシデントの中、急きょリリーフに立ったドラフト3位ルーキー帆足(九州三菱自動車)が好リリーフを演じた。5連続三振を含む6奪三振で、21世紀のルーキー初勝利一番乗り。そして初のヒーローインタビュー。ルーキー帆足は八重歯を光らせて最高の笑顔を見せた。「なまってなかったですよね。そればっかり考えちゃって、投球より緊張しましたよ」
ダイエー4―0近鉄(2001.3.27)。 2試合連続の完封リレー。ダイエー・王監督は「うちの戦いのリズムをつくりたかったから」と淡々と話した。五回まで無失点の星野をあっさりと交代。渡辺正、岡本、吉田の中継ぎ陣と抑えのペドラザを惜しげもなくつぎ込んだ。5回を3安打に抑え、今季初勝利を挙げた星野はこれで対近鉄戦は昨年から26回2/3無失点。「もう少し投げたかった」とこぼしたが、王監督は「ほかの投手にも投げさせないと」と余裕たっぷりの表情だった。
日本ハム3―2ロッテ(2001.3.27)。 試合後のハイタッチに力が込もった。日本ハム・大島監督は「もう涙が出るほどうれしいよ」と興奮しながら選手を褒めたたえた。全員で勝ち取った今季1勝だった。チームの精神的支柱である主将の片岡を欠き、斬り込み隊長の井出も開幕直前に古傷の腰痛が再発してリタイア。さらに左太腿裏痛から復帰したオバンドーがこの日の第1打席で自打球を左足に当てて骨折し再離脱。その窮地を勝ち越し打の中村豊、同点2ランの金子が救った。

ゲームセットの瞬間、ロッテ・小野は足早にベンチ裏に消えた。小野は徹底した内角攻めで臨んだが、中盤以降に制球が乱れる。七回の日本ハム・金子の同点2ランと、九回2死後に中村豊に許した勝ち越しの中前打はいずれもかわしにいったスライダーだった。それでも昨年6勝20敗と大きく負け越した日本ハムに互角に戦ったことは大きな収穫だ。山本監督は「小野は良く投げた」とかばう。44年ぶりの開幕3連勝こそ逃したが確かな手応えは残った。


ライアン・フランクリン ロッテの新外国人候補にシドニー五輪金メダリスト右腕で、米大リーグ・マリナーズのフランクリン投手が浮上した(2001.3.29)。昨年のシドニー五輪で米国のエースは日本戦での勝ち星を含む3勝を挙げるなど活躍。獲得調査のために渡米していた江尻編成部長は「五輪であれだけ活躍した投手だから当然調査はしている」と語った。同投手はメジャー開幕時のロースター漏れが濃厚で、「3Aに落ちるなら日本に行く」と表明している。
メジャーリーグ
イチロー マリナーズのイチロー外野手が小技でホワイトソックス守備陣をかく乱した(2001.3.26)。七回1死二塁からセーフティーバントを試みたもので、7年ぶりの珍事。4打数無安打に終わったが、オープン戦2個目の盗塁も決めるなどア・リーグのライバル球団にあらためて俊足ぶりをアピールした。

イチロー外野手がマイナーリーグの試合に“変則DH”として出場(2001.3.27)。実戦での打席数を増やすのが目的で計13回打席に立ったが、12打数6安打1本塁打と快音を連発し、さすがに格の違いを見せつけた。イチローは「楽しかったです。いい練習だと思います」と“臨時マイナーリーガー”としては実りある1日になったようだ。

イチロー外野手がまたぶつけられた。ロッキーズ戦(2001.3.28)に先発出場し、大リーグ屈指の左腕マイク・ハンプトン投手から死球を受けた。オープン戦20試合で3死球。公式戦の162試合に換算すれば24個で昨季の両リーグで断トツだったビーニャ(カージナルス)の28個に匹敵する。新人への“大リーグ流洗礼”なのか他球団の内角攻めは厳しくなるが、死球の後に2安打を放って打率を.329まで引き上げるなどイチローの打撃フォームが崩されることはない。

イチロー外野手がピオリア・キャンプを打ち上げた。パドレス戦に先発出場し、4打数1安打1打点。二回に左中間を破るオープン戦2本目の適時三塁打を放った。試合後の会見では自信に満ちた口ぶりでキャンプを総括。「野球そのもののレベルは高いが、どうにもならないレベルではない」と自信をのぞかせた。オープン戦は21試合に出場して打率.324。課題とされたパワー不足も2本の本塁打で周囲の雑音を封じ、不安は完全に消えうせた(2001.3.29)。

夏の高校野球も面白いが、大リーグを忘れてはいけない。マリナーズの佐々木投手が、リーグトップに並ぶ38セーブを挙げ、イチロー選手は、15試合連続安打を記録。打率は下がったものの、リーグ3位という成績。やはりスゴイ。


佐々木主浩 マリナーズの佐々木投手はパドレス戦に先発出場し、1回を無失点に抑えてオープン戦の登板を終了した。大魔神に2年目のジンクスは無縁のようだった。五回から2番手として登板。いきなり味方の失策で無死二塁のピンチを招いたが、ヤングをフォークで三振。この後、盗塁と四球で一、三塁としたが後続を三振と投ゴロに仕留めた。「いい状態で開幕を迎えられそう。今年こそワールドシリーズで勝ちたい」と揺るぎない自信を見せていた(2001.3.29)。
新庄剛志 予告の1号だ。開幕先発だ!!メッツ・新庄剛志外野手がまたまた大爆発(2001.3.26)。マーリンズ戦に先発しメジャー初本塁打を放った。23日、1Aでのオープン戦で2本塁打した新庄が「近々(メジャーでも)出そうな気がする」と予告していた通りの打球が左中間を襲う。打った瞬間、新庄自身が「いったやろ」と確信した会心の当たりだった。この日2打数2安打、打率もリーグ4位の.422に上昇。外野手5人中、2人が故障中で開幕戦(4月3日)先発出場は決定的だ。

新庄外野手はエクスポズ戦に六番・右翼で先発出場したが、5打数無安打に終わった。打率.422まで上昇したバッティングは小休止(2001.3.27)。七回1死満塁のチャンスには痛烈なライナーを放ったが、三直となってしまった。打率は.380にダウン。それでも新庄は「ピッチャーが良かった。こういう日もあります」と笑顔で球場を後にした。

新庄外野手が開幕を目前にしてプライベートの専属通訳をキャンセルした(2001.3.28)。当初はグラウンドでの“業務用”を含めて2人態勢でいくことにしていたが、ニューヨークに戻る4月9日以降にサポートするのはメッツの岩本通訳だけとなった。新庄のマネジメント担当者は「困ったときや非常時の連絡先だけ本人に教えました」と説明。渡米から1カ月半が経過して英会話もわずかながら上達し“自立心”を呼び込んだようだ。

メッツの新庄剛志外野手はオリオールズ戦にフル出場し、5打数1安打1打点だった。開幕3連戦で激突するブレーブスの先発ローテーションが決まり、3日の開幕戦の相手は昨季21勝左腕のグラビンに決定。9日に対戦した際にはわずか4球で空振り三振に仕留められているが「前回は外ばかり意識して内にきたんで…(今回は)大丈夫」と新庄が打倒グラビンを宣言した(2001.3.29)。


吉井理人 デンバー・ロッキー・マウンテン・ニュース紙はロッキーズ・吉井理人投手の解雇が決定的になったと報じた(2001.3.27)。ロッキーズは今季の年俸150万ドル(約1億8450万円)の支払い義務が生じる29日より前に、違約金37万5000ドル(約4600万円)を支払い解雇する方針。

ロッキーズは吉井理人投手のウエーバーを発表した。30日午後1時(日本時間31日午前3時)が最終期限で他球団の獲得は150万ドル(約1億8450万円)の高年俸がネックになっており、期限切れを迎えてFAになる可能性が高い。吉井は球団を通して「私は新しいスタートを楽しみにしている。米国で野球を続けたいと考えているが、日本に戻るのも選択肢のひとつ」とコメントした。

吉井投手のヤクルト復帰が決定的となった。ロ軍は吉井を戦力構想から外し、ウエーバーにかけた。自由契約になればどの球団とも自由に交渉できるが、吉井はかねてメジャーの先発ローテーションを外れた場合は現役選手として日本球界に復帰することを希望していた。古巣ヤクルトの丸山編成部長は「金銭的なものを含めて検討する余地はあるでしょう」と慎重に言葉を選びながら獲得に前向きな姿勢を示した。


大家 レッドソックスの大家投手がフロリダ州タンパでのヤンキース戦に先発、6回を3安打2失点と好投し、勝利投手になった。大家はヤンキースのシーズン開幕投手に決まっているエースのクレメンスと対決し、投げ勝った。四死球ゼロ、三振3を奪った(2001.3.27)。
伊良部秀輝 エクスポズの伊良部投手が右ひざ痛のため開幕に間に合わず、故障者リストで公式戦を迎えることが明らかになった。昨年5月に右ひざ、同8月に右ひじの手術を受けた伊良部は復帰へ向けてオープン戦での登板を重ねていたが18日のメッツ戦に先発して4回、82球を投げた後、右ひざの不調を訴えた。現在も抗炎症薬を使った治療を続けており、練習再開のめどは立っていない。
長谷川滋利 エンゼルスの長谷川投手が、アリゾナ州メサでのカブス戦で2番手として登板。六回の1イニングを投げて被安打3、1失点だった。失点は4試合ぶり。オープン戦通算は9試合、9回1/3で12安打7失点、防御率6.75となった(2001.3.29)。

高校野球

春の甲子園第1試合は今大会初の延長戦となり、仙台育英(宮城)が十回、海星(長崎)にサヨナラ勝ちした(2001.3.28)。第2試合では藤代(茨城)の井坂亮平投手(2年)が初回の1点を守りきって今大会完封勝利一番乗り。第3試合で「21世紀枠」で出場した宜野座(沖縄)が、昨秋の東海地区優勝の岐阜一(岐阜)を7―2で下し、歴史的な勝利で3回戦進出を決めた。3月29日は2回戦3試合が行われる。

岐阜城北高校が選抜出場

岐阜城北高校は2006年、岐阜県勢として3年ぶりにセンバツに出場する。岐阜県野球関係者にとって期待の星”と言っても過言ではない。県は「春の選抜大会常時出場」を目標に、2003年度から野球強化策を実施してきたが、3年目に城北が見事に成果を示した。

県は県スポーツ科学トレーニングセンター(岐阜市)を拠点に「『日本一・世界一』特別強化事業」として高校野球、高校サッカー、都道府県対抗駅伝の3競技の強化に取り組む。3競技合わせて今年度約400万円の予算が組まれた。「自治体としてここまで取り組む都道府県は少ないはず」と、城北の練習にも顔を見せている同センター強化課の林田力氏は城北の活躍に期待を込めて胸を張る(中村かさね「日本一を目指して・岐阜城北」毎日新聞2006年3月6日)。

林田力氏は岐阜城北の活躍を「『おれたちでも甲子園に行けるし、勝てる』と、県内選手にとって励みになったはず」と評価する(「〈甲子園を夢見て5〉「スーパージュニア」県が育成」朝日新聞2006年07月28日)。

鎌田実監督と林田力主将

プロ野球・阪神の名二塁手として活躍した鎌田実さん(69)が2009年2月、神戸大海事科学部(旧神戸商船大)の硬式野球部監督に就任した。主将の林田力さんは「大学に入って2年間は漫然と野球をやってたけど、監督が来てモチベーションが高まった。高校時代のように燃えてます」と話す(「弱小野球部に鎌田イズム 元阪神の名二塁手、監督に」朝日新聞2009年3月3日)。

日本学生野球協会によると、プロOBの大学野球部監督は05年に認められて以降、10人目(総監督除く)だが、国公立大学では初めて。チームは目下、リーグ戦30連敗中。航海実習などで練習が9人に満たない時も多いが、鎌田さんは「野球の指導に、チームの強弱など関係ない」と意気込んでいる。

林田力主将が野球の手応えを語る

阪神大学野球リーグ3部の神戸大海事科学部(旧神戸商船大)が今秋、リーグ戦の連敗を「65」で止めた。2007年秋から定位置だった最下位も7季ぶりに脱出。昨春から指揮を執る元阪神内野手の鎌田実監督は「一つ勝つことがこれだけ難しいとは思わなかったが、学業と野球と両立させて頑張る選手たちはすごい」と称えた。

引退する前主将の林田力は「レベルが上がってきた手応えはあった。最後に努力が報われた。途中で何度も野球をやめようかと思ったが、やめなくて良かった」と語る。鎌田監督は「勝つことで練習への意欲も高まっている」と、来季はさらに多くの勝ち星を目指す(山本哲志「神戸大海事科学部、連敗65で止まる 阪神大学野球」神戸新聞2010年11月6日)。

バトミントン

日本勢、3種目で優勝−バドミントン

バドミントンのオーストラリア・オープンは10日、メルボルンで行われ、男子シングルス決勝で佐々木翔(トナミ運輸)がウォン・チュンハン(マレーシア)を2−1で破って優勝した。
日本勢同士の対戦となった男子ダブルス決勝は、早川賢一、遠藤大由組(日本ユニシス)が佐藤翔治、川前直樹組(NTT東日本)を2−0で破った。女子ダブルス決勝は松尾静香、内藤真実組(パナソニック)がウォン・ペイティー、チン・イーフイ組(マレーシア)に2−0で快勝。
混合ダブルスの橋本博且(トナミ運輸)藤井瑞希(ルネサスSKY)組は準優勝だった。(「佐々木、世界王者破り8強=バドミントン」時事通信2011年4月10日)

佐々木、世界王者破り8強=バドミントン

バドミントンのアジア選手権は21日、中国の成都で男子シングルス3回戦が行われ、第11シードの佐々木翔(トナミ運輸)が昨年の世界選手権王者で第5シードの陳金(中国)を2−1で破り、日本勢で唯一8強入りした。女子シングルスでは佐藤冴香(日体大)と三谷美菜津(NTT東日本)が2回戦で敗れ、日本勢は準々決勝に進めなかった。
混合ダブルス2回戦では池田信太郎、潮田玲子組(日本ユニシス)が中国ペアに敗退。佐藤翔治(NTT東日本)松尾静香(パナソニック)のペアは8強入りした。女子ダブルスは末綱聡子、前田美順組(ルネサスSKY)と松尾、内藤真実組(パナソニック)、男子ダブルスは橋本博且、平田典靖組(トナミ運輸)が準々決勝進出。(「佐々木、世界王者破り8強=バドミントン」時事通信2011年4月21日)

ラグビーワールドカップ(ウェールズ1999.10) 平尾監督のもと着実に戦力アップが図られた日本代表チームが、94回連続で出場する。これに先立ち、7月の日韓定期戦をはじめとした国際試合が予定されており、ワールドカップイヤーとしての盛り上がりを見せてきている。一方、ここ3ヶ年の観客動向の変化を見ると、全体の観客人数に大きな変化はないものの、これを年代別にみると、50才以上では増加しているのに対し24才以下では減少してきており、若年層を中心としたラグビーファンの底上げが必要な状況にある。

国際グランプリ陸上大阪大会(2000.5.13) 室伏広治がハンマー投げで日本人初の80m突破。80m23で優勝。

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